髪切りエレジー

僕は美容室が苦手だ。
美容室だけでなく床屋さんも苦手なので、
総じて「髪を切る場所」が苦手ということになる。
理由はただ一つ。
髪を切りながらの世間話が苦手だからである。

そもそも僕は昔から人見知りだ。
職業柄だいぶ改善されてきてはいるが、
今でも初めて会う人がいる時はやっぱり少し緊張する。
そこへ来て美容室や床屋といった「髪を切る場所」は、普通過ごしていたらおよそ触れられないであろう髪の毛というかなりパーソナルな領域(人によっては聖域)を、他人に、しかもある意味治外法権状態で委ねる場所であり、そこで生まれるコミュニケーションもまた独特のものがあるように僕は思う。
おまけに僕は生まれながらに天然パーマというコンプレックスも抱えている。
コンプレックスという負目を感じながら、パーソナルな領域の舵取りを任せなければならないというこのどうしようもない不安感。
自然と会話がぎこちないものになるのもご理解頂けるであろうか。
今行っている美容室も「店員さんがあまり話かけてこないから」という理由でそもそも通い始めたものである。

思春期の頃から、『自分の髪型』と『髪切り場』の相容れない関係に思い悩んでいた僕は、
一度、友人に『髪切り場』においてどういう振る舞いをしているのか聞いたことがある。
しかし、聞いた友人が悪かった。
その友人は某有名事務所のアイドルの写真を持って行って「タッキーみたくしてください」と頼んだという。
初め聞いた時、何の罰ゲームかと思った。

そんなこともあって、「髪切り場」で繰り広げられる僕のトークは
当たり障りがなく、実にうわっぺらなものばかりだ。

「おやすみはどこか行かれたんですか?」「いやーずっと仕事でした。」

「サッカーとか好きですか?」「いやーあんまり見てないですね。」

「僕山とか結構好きで行くんですよね。」「へぇそうなんですね。」

いや、実に不毛すぎる。美容師の方、この場を借りて謝ります。
本当にすいません。
違うんです。イメージではもっとペラペラ喋りたいんです。
けど、なんかよくわからない恥ずかしさと「ここでは絶対本性は見せるなよ」的な
自分でもよくわからない強迫観念みたいなものがあるんです。
だから僕が通ってきた「髪切り場」の店員さんたちが抱く僕の印象は、
おそらく下記のような感じだと思う。
・無口
・愛想が悪い
・天然パーマ
・仕事で忙殺されている
・家族を顧みない(僕の推測です)

要は、無口で愛想の悪い天パのワーカーホリックである。
印象いいわけがない。

そんなある日、急に息子と娘が僕が通う美容室に髪を切りに行きたいと言い始めた。
僕は彼らには「いいよー。」と言いながら内心動揺を隠しきれなかった。

印象最悪な美容室のキャラ設定が、子供たちにどのように伝わってしまうんだろう?

結局、予約の都合上、小五になる息子は一人で行くことになり、小一の娘は僕と二人で行くことになった。
(P.S.奥様は都内の有名美容師さんの所まで足を運んでいます。)

息子は一足先に髪を切り終え、満足そうに帰ってきた。
どうやら息子には僕の美容室隠キャはバレていないようだ。
問題は娘だ。

その日、緊張した面持ちの父娘が、鏡の前で二人並んで座っていた。
僕はいつも通り、ツルツルのムキ卵みたいに何も引っ掛かりのない会話を展開する。
だって娘の前だからといって急にまたキャラ変えるのも恥ずかしいではないか。

「あ、この人、娘の前で頑張ってんだ」

なんて思われたら店を変えるしかなくなってしまう。
せっかくあまり喋らなくても許される「髪切り場」を作ったのに、また失うなんてことはしたくない。

娘も人見知りなので特に何も喋らず、その場の時間はなんなく過ぎていった。

美容室を出て家路についた時、娘がぼそっと僕に行った。

「おとうさんっていつもあんなかんじだっけ?」

僕は少し返答に困ったけど、こう答えた。

「まぁ映画版ジャイアンの逆みたいなもんかな。」

娘は少し俯きながら、納得いったようないかないような表情で僕の横を歩いている。

娘よ、

人は誰しもがいろんな面を持って生きているのだよ。
どうかジャイアンを憎まないであげておくれ。

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